ジャンヌ・ダルクと「セルフ磔刑」

その頃ぼくは学生で、
郊外某所にあるワンルームのアパートに住んでいました。
秋になると冷えるんです。
ちょうど今日みたいに。


ぼくは当時やる気の無さの塊みたいなダメ人間でした。
起き上がれないんです。
フローリングの床にせんべい蒲団をひいて、
それが万年床になってます。
文学部の授業にも出ず寝たきり状態で、
食べるものと言えば
亀田の柿の種と不二家のカントリーマアムだけでした。


でも目を閉じれば僕はロックスターです。
完全無欠のロックスター。
リンキンパークのようなヘヴィなサウンド
レディオヘッドみたいな前衛的なサウンド
俺は何でも出来る。


でも目を開ければカントリーマアムです。


ぼくはこれじゃダメだと思って、起き上がりました。
実に数日ぶりに。


なにか自分を奮い立たせることをしなくちゃ。
体の芯からエネルギーが沸き立つような感動に触れよう。


そうだ、映画を観よう。
そう思ったぼくはチャリにまたがり駅前のTSUTAYAヘ。


借りてきた映画はリュック・ベッソン監督の
ジャンヌ・ダルク」でした。
戦う少女というイメージに、何かピンと来るものがあったんだよね。
コンテンポラリーなテーマだなーと思って。


映画を観終わった僕の瞳には涙があふれていました。
おお、なんという聖少女。
狂気じみた信念でフランスを護る守護者。
まだ10代なのに、この驚異のカリスマ性。
そして処刑される、悲惨な最期。


こんなにも激しく生きた女の子がいたんだ。
それに比べて俺はなんだ。
カントリーマアムをほおばりながら、
大学にも行かず仕事もせず、
部屋で嫌々ながらに麻雀ゲームを1人プレイしている。
目が痒い。背中も痒い。


俺が世界を救うんだ。
俺を、俺を犠牲にして。
そうすれば俺は赦される。
もはやそれしかない。
そうしなきゃだめなんだ。


俺は、俺を処刑する。


ぼくは秋の冷え込む曇り空の下、
ワンルームアパートのフローリングを
ぺたぺたと這い回りながら
ガムテープを探しました。


オレヲショケイスルタメ・・・!
オレジシンヲハリツケニスルタメ・・・・・!


ぼくはジャージ姿で泣きじゃくる自分を洗面所の鏡に写し、
「はりつけの刑に処す」と自分で(友達いなかった)宣告すると
そのままそこの壁にぺったりと貼り付いて十字架の姿勢を取りました。


で、ここからが難しかったんですけど
色々工夫して。
まず、左腕の数カ所にガムテ貼ります。
そのまま壁にくっついたらすぐ粘着する位置に。
あのほら、両面テープがないときに、
セロテープをくるりって円形にして、
掲示物の裏側に貼る事で両面粘着を実現しますよね、あれです。
で、続いて両足にガムテ貼ります。
これも同様の要領で。
この状態で右腕を壁につけ、左手を使ってガムテープで固定します。


ここで一気に処刑します。
俺は俺を殺す。
俺自身を殺して、俺の中に封印されたエナジーを解き放つ。
スベテノウソホオムリサル!


ぺったん。
左手と両足を壁につけると、
僕は十字のかたちで壁に磔にされました。
自分で。


セルフ磔刑


ぼくは自分自身によって処刑されながら、泣きました。
ああ、何故ぼくは何も出来ないんだろう。
こんなにも才能にあふれ、
世界の全てを支配する力があるのに、
何故だれもぼくを認めてくれないんだろう。
オーディションに落選した、現代のジャンヌ・ダルク
そう、それが俺さ。


小一時間ほどガムテで磔になって涙が涸れるまで泣いたぼくは
小一時間ほど久々に努力して壁から自分自身を剥がすと
結局なにもかもめんどうになって
当日返却のDVDを返すこともせず
柿の種を食いながらまた寝ました。